|
その日、学校の授業を終えて、シアは同級生の誘いを仕事を理由に断り、迎えの車に乗り込んだ。
レスニーは撮影スケジュールの遅延で、今日は一日撮影所にこもる羽目になっていた。久しぶりの一人での登校は、思ったよりシアを疲れさせていた。
シアとレスニーは珍しいほどの相似性を持つ一卵性の双子で、物心ついたときにはすでに人並みはずれて美しい双子兄弟として、テレビや映画で活躍していた。
子供の頃からの美貌は、成長してさらに磨きがかかっている。自ら光を発しているかのような金色の髪、光の加減でブルーともグリーンとも見える深いブルーグリーンの瞳。思春期を迎えて、どんどん背も高くなり、体格もしっかりしてくるに伴って、徐々に個別の仕事も増えてきていた。
母親の運転する車の後部座席に座り、漠然と通り過ぎる風景を見つめていた。いつもは二人で座る座席も、一人ではどうにも中途半端で居心地が悪い。
「何?疲れているみたいだけど、何かあったの?」
「別に何もないよ、今日はレスニーがいないから、皆が話しかけてきたからさ」
それで疲れたとほのめかす息子に、苦笑を漏らす。
双子の息子たちは、そうしようと思いさえすれば、親ですらどちらがどちらか分からなくさせることができる。それは、演技力もあるだろうが、息子たちの観察力が優れているということでもある。小さな頃からずっと大人と混じって仕事をしてきて、大人の思惑に巻き込まれることが少なくはなかった息子たちは、他人の言動に神経質な部分がある。警戒心が強くて、他人に打ち解けることが難しいようだった。
そして、その傾向はレスニーより、シアにより顕著に現れていた。
「たまにはいいじゃないの」
母親のとりなすような言葉に、シアは肩をすくめて応えた。
シアは必要なこと意外、あまり言葉にしようとしない。何を考えているのか図りかねて、親でさえ対応に戸惑うことがある。レスニーに比べると、若干扱いにくい印象はいなめない。
しかし、本来難しい時期の子供なのだから、もっといろいろとあっても不思議はないのだ。友人から聞く、ティーンエイジャーの男の子に比べて、シアもレスニーも良い子過ぎるほどだ。
シアに対して言葉を重ねることを諦めて、アクセルを踏み込んでスピードを上げた。
緩やかなカーブを曲がって、一番初めに飛び込んでくる家の庭をチェックする。
シアが家に帰ってまずするのは、隣家の一人息子ミオが家にいるかどうかの確認だ。
出会いの、かたくなに口をきかなかった頃でさえ、実はミオに興味しんしんだった。一緒に遊びたいとも思ったが、最初の態度がよくなかったことは分かっていたので、どう取り繕えばいいのか子供だったシアには分からなかったのだ。
話しかけられても答えずにいると、ミオは首をかしげて少し寂しそうにする。
そんな顔をさせたくないと思っていたのに、なぜかレスニーと相談する気になれず、彼が自分と同じような態度をとっていることに腹を立てていた。
きっかけを作ってくれるきっかけとなった事件は、思い出したくもないものだったが、命がけで戦ってくれたミオの勇気には感謝と尊敬を抱かずにいられない。
その日から、ミオはシアとレスニーのヒーローになった。以来、ミオの顔を見ることもなく、ミオと話しすらせずに一日を終えたことはない。
シアとレスニーのヒーローは、たった3つ年上なだけの、ほっそりとした少年だった。肉の薄い顔立ちは繊細で、壊れやすいガラス細工のような印象を与える。あまり表情を動かさないが、ふいに見せる優しい表情と笑顔は、見るたびにシアをどきどきさせるのだ。
シアはミオの部屋の窓が開いていることを目ざとく見つけ、止まるのを待ちかねるように車から飛び降りた。
「ママ、ミオのところに行ってくる」
「危ないじゃないの、シア!まだ走っている途中に、ドアを開けるなんて・・・」
小言を言い始める母親の頬に軽く口付けて、シアは振り返りもしないでミオの家に走っていく。
「もう!まだミオなしに1日も過ごせないのね!」
あきれたように首を振って、息子の後姿を眺めるほかはなかった。
「ハイ!こんにちは、ミオいますか?」
「あら、お帰りなさい。ミオなら部屋にいるけれど、多分寝てるんじゃないかしら。最近、ジムから帰ったらすぐに寝ちゃうのよ」
「ジム?こんな時間に寝てるの?」
「そうなのよ。トレーニングから帰ったら、ひと寝入りしてから食事とお風呂と勉強、というのが最近のパターンなのよ」
「へえ。そんなにハードなんだ」
「面白いみたいよ、機嫌よく通っているんだから。でも、せっかく来てくれたんだし、起こしてくれてかまわないわよ」
子供の頃から一緒にいるので、ミオに対しては身内のような感覚がある。寝ているという部屋に入ることに、さして抵抗は覚えなかった。一緒に寝たこともあるし、寝ているミオにいたずらをして怒られたこともあった。そのことを思い出して、シアはにやりと笑った。
「久しぶりに、いたずらして起こしてやろう」
ミオの母親は笑って許可を出してくれた。
「ミオ?寝てる?」
そっとミオの部屋に足を踏み入れる。
ミオの部屋はいつも片付いている。物が少ないのだろう、目に付くオブジェのほとんどは、シアとレスニーからの贈り物が多い。
ベッドに近づくと、ベッドサイドテーブルに自分の写真を見つけた。去年の誕生日にプレゼントだからと、ミオに強引に押し付けたものだ。始めて一人だけの仕事をして、パンフレット用に撮ったスナップ写真を記念にもらったうちの一枚だった。
シアにとっては、自分ひとりだけの写真をミオに持っていてもらうということに意味があった。
ミオはちゃんと飾ってくれていた。しかも、枕元に。
全身が熱くなる。嬉しいというだけでは説明できない熱に、自分でも戸惑いを覚える。
この震えるような興奮の意味するものを、シアには説明できなかった。
そう、ミオの笑顔にどきどきする理由も・・・。
ミオといると少しだけ緊張して、いつもより格好よく振舞いたいと思う理由も・・・。
どんなときも、真っ先にミオの姿を見つけてしまう理由も・・・。
ミオの瞳に自分が映っているのを見ると、心が満たされる理由も・・・。
最近ミオを抱きしめる手を、緩めることが難しくなった理由も・・・。
説明することはできない。
ただ、ミオと過ごす日々に心が震えるその意味を、今はまだつきつめたくはなかった。
深く眠るミオは無防備な顔をしている。
よほど疲れているのか、人の気配に敏感なミオがピクリともしない。
最近、「アイキドー」とか「テコンドー」とかいう名前の格闘技を習い始めたということは、ミオから聞いていた。
練習はそんなにきついものなのだろうか。緩やかな寝息は、起きそうにないことを物語っていた。
「あ、ミオこんなところに傷作ってる」
投げ出した手の甲に引っかき傷を見つけて、指先でそっとなぞる。触れ合った場所から、痺れが体中に広がるような気がした。
触れるのが怖いような、でも、触れたい。最近のシアは、そんな相反した感情に戸惑うことが増えた。
こんな風に彼に触れることも、彼を見つめることも、ミオが起きているときにはできないことだ。
ミオが起きているときには、ミオに見ていて欲しいから。
「なんだか、可愛いね、ミオ」
起こしてしまう気になれなくて、眠っているミオの手をそっとつついみてる。
ふいにミオの指が、シアの指を捕まえた。
息が止まったと思った。シアはつめていた息をそろそろと吐き出した。
でも、ミオは目覚めたわけじゃなかった。指をつかんだのだって、ただの反応に過ぎなかったのだ。多分。
それなのに、ミオの指で指を絡め取られて、シアの鼓動は一気に跳ね上がる。
熱が体中を駆け巡って、震えるような興奮に包まれる。
「ミオ・・・驚かさないでよ」
眠っているミオが深いため息をついた。シアの指がそっと握りこまれる。
薄く開いた唇に目が奪われる。
形のいい唇は薄めだが、柔らかそうだ。
白い歯の奥に、ちらちらと見えるピンクの舌から目が離せなくなる。
同級生のルージュやリップクリームで色をつけた唇に、目を奪われたことなんて一度もなかったのに。
キスをしたいと思ったことなんて、一度もなかったのに。
今やシアはミオの唇から目が離せなくなっていた。喉が渇いて、口の中がカラカラだった。
自分が何をしているのか、意識しないままにミオに唇を寄せる。
柔らかい。
シアはそっと唇に吸い付いた。ミオの唇が震える。
頭に血が上った。シアは自分の鼓動を耳の奥に感じながら、ミオの唇を食むように愛撫する。
空気をさえぎられて、ミオが苦しげに口を開ける。
誘われて、ミオの口の中に舌を差し入れる。
ほんの少し、触れただけだった。
シアは電流に撃たれたような衝撃に、驚いて身を離した。
自分のしてしまったことに狼狽して、ジーンズの前が痛いほど張っていることにうろたえた。
ミオが身じろぎする気配に、シアは逃げるように部屋を後にする。
もし、眠っているミオに黙ってキスをして、そのせいで勃ってしまったなんて知られたら、生きていけないと思った。
足音を消すことも、ドアを大きな音を立てて閉めてしまったことも、おそらくその音でミオが完全に目を覚ましてしまったであろうことも頭になかった。
ミオから離れることしか考えられなかった。
「ミオ、起きなかったから!」
驚いたようなミオの母親に言い置いて、シアは一目散に家まで走った。
そのまま2階の自分の部屋まで走り続け、ドアには鍵をかける。
心臓が破裂しそうだった。
キスをしてしまった。
眠っているミオの唇に、キスをしてしまった。
自分は、どうかしてしまったに違いない。
もしかして自分はゲイだったのだろうか。シアは泣きそうに顔をゆがめながら、自分の身体を変化させた熱にまだ苛まれていた。
ミオを裏切ってしまったような気がした。
これからどうすればいいのか、ミオとどのように接していけばいいのか。
「ミオ、ミオ・・・。ミオ・・・・」
シアは自分自身を抱きしめ、頬を濡らす涙をぬぐいもせずに、ただすがるようにミオの名前を呟いていた。
今までは、ミオにどんなことでも話してきた。秘密なんて、何ひとつなかった。
でも・・・、ミオにキスしてしまったことも、ミオを抱きしめると身体がおかしくなることも・・・、秘密。
全部、秘密。
ミオにもレスニーにも、言えないことができた。
小さな、小さな秘密・・・。


|